月24kmが半年で260kmになるまで — 2020年【手賀沼男ヒストリー #2】

きっかけは在宅勤務
2020年春、コロナで勤務が完全に在宅になりました。通勤という、唯一といっていい運動が消えて、朝から晩まで自宅の椅子の上。ゴールデンウィークに、軽い気持ちで「在宅の健康対策に走るか」と決めました。人生を変える気なんて1ミリもない、その程度の動機です。
最初のランは家の近くの手賀沼。結果は、3kmも持ちませんでした。息が上がり、足が止まり、歩いて帰りました。
最初の1ヶ月は「記録なし」
じつはこの最初の1ヶ月、記録が一切ありません。時計も買っていない。続くか分からないものに、道具から入らなかった。今思えば、これは正解でした。
1ヶ月続いたところで、自分への褒美と監視役を兼ねてGarminを買います。2020年5月30日、記念すべき初ログは10.06km・56分32秒。1ヶ月前に3km走れなかった男が、10km走れるようになっていた。そしてこの日から6年間、この時計なしで運動したことは一度もありません。

正直に書くと、この頃は週末に10km走ると、午後はもう立ち上がれませんでした。走り終えたあとの疲労感は、心地よさより「ぐったり」が勝っていた。それでも次の週末、また走りに出ていたのは、数字が伸びるのが単純に面白かったからです。
続いた本当の理由
半年で月間走行距離は5月24km→7月111km→9月211km→11月260km。10倍です。夏には勝手に「自分改造夏合宿」と称して、バイク+ラン+ジムを連日こなしました(当時の投稿には「8日ラン6.5km、10日バイク64km、11日バイク33km」と残っています。夜は毎晩、爆睡でした)。
なぜ続いたのか。私の場合、答えは3つでした。記録すること(Garminで数字が伸びる)、宣言すること(走るたびにSNSに書いて逃げ道を塞ぐ)、そして相棒をつくること。相棒はなんと、スマホゲームの「ドラゴンクエストウォーク」です。走っている間にゲームも進み、レベルも上がる。この「二重に進んでいる感」が、玄関を出る理由をもう一つ増やしてくれました。笑われそうですが、今でも続けています。
9月13日、開始4ヶ月でハーフの距離21kmを走破。当時の投稿に「足が持ったのが驚き」と残っています。ただ本音を言えば、「持ったけれど、この先マラソンなんて」という不安のほうが大きかった。
その2週間後、ハーフの距離を2時間切りで走れた日の投稿にはこうあります。「スタートラインまでドキドキ、トイレも近い」。運動未経験の43歳が、大会でもない自主計測にすら緊張していた。ただ——誰よりも回数を走っているホームコースだという事実が、わずかな余裕をくれました。「リタイヤはないな」と。
順風満帆に見えて
その3日後に書いた一文が、6年経った今もこの活動の結論だと思っています。
「トレーニングは仕事と違って、努力が確実に成果に」
仕事は頑張っても報われるとは限らない。でも体は、やったぶんだけ確実に返してくる。43歳での、この発見。
もっとも、立ち上がりが順調一色だったわけではありません。10kmのタイムは年末までに56:32→45:47(半年で10分短縮)。11月には健康診断のCTスキャン比較で内臓脂肪が36%減——「ごっそり減っててびっくり」と投稿しています。一方で、10月に宣言した禁煙は年内に2回失敗(なかなかやめられず、まず電子タバコに逃げました)。11月には26kmランのあと足裏の靴擦れで5日間の初離脱も経験。それでもAmazonでゼリー状の靴擦れ対策品を買って、走り続けました。
10月31日には人生初の大会、リレーマラソン。1周3kmを3回、ほぼインターバル走でした。結果は61組中45位。順位より、走ったあとの満足感がMAXで、みんなで焼肉に行ったのをよく覚えています。

次回、#3「2021-2022年 — レースが消えた2年間と、ロードバイクという沼」。
前回: #1 序章 / データソース: Garmin実測値・当時のSNS投稿