自己ベストの冬、故障の夏 — 2025年【手賀沼男ヒストリー #6】

撃沈から始まった
じつは2025年の物語は、2024年11月の苦い一戦から地続きです。ひたちシーサイドマラソンで、私は初めて「撃沈」を経験しました。「最後の10kmは熱中症の目眩と脚つりで、歩きながら。フルマラソンはナメたらダメですね」。暑さと坂に突っ込みすぎた結果でした。この失敗が、冬の走り込みに火をつけます。
自己ベストの冬
年が明けて2025年1月12日、東京ニューイヤーハーフでハーフの自己ベスト1時間33分09秒。会場では、記念のタオルを掲げて一枚。この冬、私は月間ラン276km、月の運動日数23日という、6年間でも屈指のピーク期を迎えていました。

このピークを支えたのが、体のメンテナンスへの投資でした。前年12月から3月にかけて、整体に計19回。痛くなってから駆け込むのではなく、高負荷の時期に前もって体を整える。この習慣が、冬の自己ベストと表裏一体でした。
そして、故障の夏
しかし、上がりすぎた負荷には代償が伴います。
夏、私は長野で一人合宿をしていました。8月13日、初日。700m登った峠の下りで落車します。「肩、尻、腕の擦過傷。でも諦めずに明日も峠を登ります。股関節痛で走れないので、漕がないと」。

この投稿に、2025年の夏がすべて詰まっています。股関節痛でランができない。だからバイクで運動を止めない。実際、この時期のVO2maxは52から47まで落ち込みました(主観より先に、数値が落ちる。これは#9で「早期警報」として書きます)。7月の月間ランは77kmまで激減。冬のピークからの、急な下り坂でした。
痛みと交渉しながら
それでも、シーズンは続きます。9月27日、九十九里トライアスロンで初めての海に挑みました。「初の海でドキドキ。バイクは風が強くて苦戦。来年はミドルに挑戦かな」。結果は2時間50分24秒、45-49歳のクラスで109人中18位(上位17%)。故障を抱えながらも、年代別で上位に食い込めた一戦でした。ここで芽生えた「来年はミドル」という一言が、翌年の物語につながっていきます。
10月26日には、地元の友と恒例の手賀沼エコマラソン。「シーズン初戦、まずは楽しんだ」。自己ベストからは遠くても、走れることそのものを楽しむ。故障の夏を越えたからこその、その心境でした。
自己ベストの冬と、故障の夏。この落差こそが、6年で一番「体の限界と付き合う」ことを教えてくれた一年でした。
次回、#7「49歳、ミドルディスタンス完走」。時系列編の最終回です。
前回: #5 2024年 / データソース: Garmin実測値・レース記録証・当時のSNS投稿